よくわかる予科練平和記念館-児童向コンテンツ-
ようこそ、予科練平和記念館
(よかれんへいわきねんかん)へ!
ここは、戦争の歴史と、その時代に海軍パイロットをめざした少年たち=予科練生(よかれんせい)について知ることができるところです。
- 静かにみてください
- 走らないでください
- メモはえんぴつをつかってください
「予科練(よかれん)」とは、「海軍飛行予科練習生(かいぐんひこうよかれんしゅうせい)」を短くしたよびかたです。
20世紀(せいき)のはじめごろから、世界中で飛行機(ひこうき)のかいはつが進み、パイロットがたくさん育てられていました。
日本でも世界におくれないようにするため、当時の海軍(かいぐん)がパイロットの基礎訓練(きそくんれん)をする制度(せいど)をつくりました。これが「予科練(よかれん)」です。
「予科練(よかれん)」の試験は14才半から受けることができました。今の中学2年生から高校生ぐらいの少年たちがたくさん受験しました。
予科練(よかれん)の訓練(くんれん)は、3年~6ヶ月以内までと、入隊するコースや年代によってさまざまです。1930(昭和5)年にはじまってから、太平洋戦争(たいへいようせんそう)が終わるまでの約15年間に、全国から24万人が予科練(よかれん)に入りました。このうち戦争(せんそう)に参加したのは約2万4千人おり、80%にあたる約1万9千人もの人が亡くなっています。
ほとんどの予科練生(よかれんせい)は戦争(せんそう)がはげしくなってから入隊したので、とちゅうで訓練(くんれん)が中止されてしまいました。彼らはぼうくうごうをつくったり、日本本土を守るための特別攻撃隊(とくべつこうげきたい)となったりして終戦(しゅうせん)をむかえました。
- ?どうしてこんな形をしているの?
- 館を上からみるとでこぼこしています。世界地図に描かれている大陸と海をイメージしてデザインされているからで、予科練平和記念館のマークにもなっています。
また、館内のどこにいても予科練生たちがあこがれた空が見えるように、まどがたくさんあります。ここからみえる空は、昔予科練生たちがみていた空とかわらないかもしれません。
- ?どうして展示室が7つあるの?
- 予科練生の制服に七つのボタンがついていたからです。この7という数には、世界の七大陸・七大洋をかけまわって活躍(かつやく)してほしいというねがいと、「月月火水木金金」(土日がない=休みがない)きびしい訓練(くんれん)の意味があります。
予科練平和記念館では、この七つのボタンにちなんで、展示室が7つあります。
知ってる?
七大陸・・・
アジア大陸・ヨーロッパ大陸・ 北アメリカ大陸・南アメリカ大陸・アフリカ大陸・オーストラリア大陸・南極大陸
七大洋・・・
北太平洋・南太平洋・北大西洋・南大西洋・インド洋・北極海・南極海
館内からの空も要チェック!
飛行機やヘリコプターが飛んでいるのもみえます。
展示室もそれぞれテーマにそって全部つくりがちがっていますので、どうちがうかを感じてみてください。
館のとなりにある陸上自衛隊土浦駐(りくじょうじえいたいつちうらちゅう)とん地(ち)は、昔「土浦海軍航空隊(つちうらかいぐんこうくうたい)」という予科練(よかれん)の訓練基地(くんれんきち)でした。全国19か所あった予科練の訓練基地(くんれんきち)の中心になっていたところです。
ぼくたち予科練生(よかれんせい)の制服は、短いジャケットに7つの金ボタン!
かっこいいでしょう?
くんれんのようすが映画になって大ヒットしたので、ぼくたちはこどものあこがれだったんです!
でもほんとうは命(いのち)の危険(きけん)ととなりあわせでした。
昔は20才以上の男の人はみんな兵隊(へいたい)のくんれんを受けることが決められていました。
時代 | 年 | 年号 | できごと | |
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江戸 | 1867 | 慶応3 | 大政奉還 | |
明治 | 1871 | 明治4 | 廃藩置県が行われる | |
1877 | 明治10 | 西南戦争はじまる | ||
1889 | 明治22 | 大日本帝国憲法がだされる | ||
1894 | 明治27 | 日清戦争はじまる | ||
1904 | 明治37 | 日露戦争はじまる | ||
1910 | 明治43 | 韓国併合 | ||
大正 | 1914 | 大正3 | 第一次世界大戦はじまる | |
1923 | 大正12 | 関東大震災 | ||
昭和 | 1929 | 昭和4 | ウォール街で株価大暴落 世界恐慌 | |
ツェッペリン伯号が霞ヶ浦にくる | ||||
1930 | 昭和5 | 予科練の訓練がはじまる | 予科練が あったのは この時期 |
|
1931 | 昭和6 | 満州事変 | ||
1937 | 昭和12 | 日中戦争はじまる | ||
1939 | 昭和14 | ナチスドイツがポーランド侵攻 | ||
第二次世界大戦がはじまる | ||||
1941 | 昭和16 | 日本がハワイ真珠湾攻撃 | ||
太平洋戦争はじまる | ||||
1942 | 昭和17 | アメリカが原子力爆弾の開発をはじめる | ||
1943 | 昭和18 | 日本軍、各地で玉砕が続く | ||
1944 | 昭和19 | 特攻隊が出撃する | ||
1945 | 昭和20 | 日本への空襲が激しくなる | ||
ドイツ無条件降伏 | ||||
ヒロシマ・ナガサキに原子爆弾が落とされる | ||||
日本がポツダム宣言を受諾 太平洋戦争が終わる | ||||
1950 | 昭和25 | 朝鮮戦争はじまる | ||
1964 | 昭和39 | 東京オリンピック開幕 | ||
1970 | 昭和45 | 大阪万博がひらかれる | ||
1972 | 昭和47 | 沖縄が日本に返還される | ||
1983 | 昭和58 | 東京ディズニーランドができる | ||
1987 | 昭和62 | バブル景気 | ||
平成 | 1989 | 平成元 | 年号が「平成」になる |
館内にある大きな予科練の写真は、写真家の土門拳(どもんけん)(1909~1990)がさつえいしたものです。
あまり発表されなかったため「まぼろしの写真」といわれています。
1944(昭和19)年に、土門拳(どもんけん)は予科練生(よかれんせい)と2ヶ月近く一緒に生活しながら写真をとりました。かれらのいきいきとした様子がよくとらえられています。