2013年、新しい年がはじまりました。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
みなさんこんにちは。
学芸員Wです。
新年最初の週末、いかがお過ごしでしょうか。
私Wは、元予科練生の方々から年賀状をいただいて
年のはじめから一人で嬉しくなっています。
伝説の予科練一期生、伊藤進さんの年賀状には、
数えで今年100歳になられることが記されていました。
本当に本当におめでとうございます!!
伊藤さんファンの私としては広くお知らせしたいと思い、
新年最初のブログでご紹介させていただきました。
ますますのご健勝とご活躍をお祈りいたしております。
昨日4日から、予科練平和記念館も通常通り開館しています。
今日も気温が低くてとっても寒いですが、午前中はよいお天気でした。
館の前の桜は、小さな芽をつけて空に向ってぐんぐん伸びているような感じがします。
「冬来たりなば 春遠からじ」
日本のことわざだと思っておりましたが、実はイギリスのロマン派詩人
パーシー・ビッシュ・シェリーという人の詩の一節なんですね。
(奥さんのメアリー・シェリーは、あの「フランケンシュタイン」の作者です。
どんなご夫婦だったんでしょうか・・・)
同じイギリスには「夜明け前が一番暗い」、日本には「夜まさに明けなんとして益々暗し」
ということわざがあるそうです。
そうであるならば、今年の日本は朝日がのぼって夜が明けるかもしれませんね。
美しい朝焼けが見られるかもしれません。
「希望」は与えられるのを待つものではなく、苦しくても自らの内に自ら
育てるものだと思います。
今辛いことも多いけれども、その分大きな幸せを抱えることができる力を
蓄えているんだ、と思って、へっぽこな私も
今年一年頑張っていきたいと思います。
館内からも澄んだ青空が見えます。
みなさんの一年が、この青空のように澄みきって、どこまでも行けそうな
わくわくした日々になりますよう、心からお祈りしております。
さて、新年早々お知らせがあります。
去年末に予科練平和記念館で調査協力、資料提供した
テレビ番組が放送されます。
NHK総合テレビで放送中の「ファミリーヒストリー」という、毎回様々な方の
家族のルーツをたどっていく番組で、みなさんもご覧になったことが
あるかもしれませんね。
1月中に放送される①俳優・歌手の髙橋克典さん、②(株)ローソン代表取締役社長の
新浪剛史さんのルーツを取材した回に、当館も協力しています。
①1月7日(月)22:00~22:50 NHK総合
「ファミリーヒストリー 高橋克典~特攻を覚悟した父・絶望の中で音楽と出会う~」
歌手・俳優の高橋克典の父は、戦時中、特攻隊で死を覚悟した。
ある偶然で死を免れるが、多くの仲間を失った。戦後にはその記憶に悩み、
16歳で酒に溺れた。絶望の中で音楽と出会い、横浜の市立高校で音楽教師となる。
なかなか生徒たちの気持ちをつかむことができない中で起きた一つの事件。それがきっかけで、
生徒たちから慕われるようになる。
さらに、満州・柳条湖事件後のリットン調査団。家族との深い関係が明らかになる。
(NHK ファミリーヒストリー HPより)
髙橋克典さんの父、勝司さんは、1944(昭和19)年に
甲種第14期予科練生としてここ土浦海軍航空隊に入隊しますが、
1945(昭和20)年に入って戦局が末期的な様相を呈し、
6月1日付けで予科練の訓練は中止されてしまいます。
練習生たちは水上・水中特攻部隊に配属されたり、土木作業や松根油作りに
従事したりと、さまざまにわかれていきました。
土浦海軍航空隊ではグライダー特攻の訓練を行う予定でしたが、
6月10日にB-29による大規模な空襲をうけて壊滅的な被害を被ったため、
急きょ秋田県合川町(現北秋田市)の国民学校(現合川東小学校)を兵舎として、
甲14期生の一部がグライダーの訓練を行うことになりました。
髙橋勝司さんも、この秋田基地でグライダーの訓練を受けたお一人です。
予科練平和記念館には、この時の練習生が班ごとに写っている記念写真があります。
これは、髙橋さんと同じく秋田基地で訓練をなさっていた方が寄贈してくださったもので、
戦後、この時の仲間で集まったときに、当時の上司が持っていたこの班ごとの写真を
焼き増ししてくれたものだそうです。
番組内でもこの写真が出てくると思いますので、ぜひご覧になってみてください。
授業や訓練を受けている様子の写真も、記念館が提供しています。
また、もしカットされていなかったら、よれよれに疲れた私Wもちょこっと映るかもしれません。
②1月28日(月)22:00~22:50 NHK総合
「ファミリーヒストリー 新浪剛史 編」
みなさんも日頃お世話になっているでしょうか。
コンビニ「ローソン」の代表取締役社長さんです。
この方のご親族にも予科練生がいました。
前述の髙橋勝司さんと同じ甲14期生ですが、空襲で戦友を亡くしてしまいます。
自分の身代わりのようにして戦友を亡くしてしまったことを、とても悔いていたそうです。
戦友の名前は、空襲で犠牲になった方の慰霊塔に刻まれていました。
髙橋さんの回と同じように、訓練や授業風景の写真を提供しています。
どちらの回も、きっと見ごたえのあるものだと思いますので、
お時間があいましたら、ぜひご覧ください。
NHK ファミリーヒストリー
http://www.nhk.or.jp/program/famihis/