プチ話題

10月 31st, 2010

みなさんこんにちは(*’-‘*)ノ

昨日の台風は大丈夫でしたでしょうか”(ノ´・д・)ノ


こちらも特に大きな被害はなかったようですが、

川が増水していたり、地盤がゆるんでいたりするかもしれませんので、

引き続き気をつけて楽しい日曜日をお過ごしくださいね。



先日、記念館に北海道のある会社の会長様がお見えになりました。

にこやかな笑顔のその方は元予科練生。

16歳で土浦海軍航空隊(現在の陸上自衛隊土浦駐屯地。当館のお隣です)に

入隊、特攻隊にも志願し、

昭和20(1945)年6月10日に阿見町にあった大きな空襲も経験なさったそうです。

記念館建設にあたっては、たくさんご協力をいただきました。


そんな会長様より、北海道のお土産といえばコレ!の銘菓「白い恋人」をいただきました♪

なんと、「白い恋人」には、会長様の会社で卸している小麦粉が使われているんだそうです。

北海道の銘菓は予科練生が支えていたんだー!とびっくりです。


お客様が多く忙しい一日でしたので、スタッフみんなでありがたくいただきました。

疲れた体に甘いものは嬉しいですね。

また、ちょうど北海道がご実家の解説員Mさんが、「じゃがポックル」という数年前から

大ヒットしている北海道のお土産を持ってきてくださったので、

プチ北の大地気分を満喫させていただきました。

たまにこういうことがあると、とっても楽しいですヽ(*’-^*)。



同じ日に、阿見町にある霞南至健中学校1・2年生が見学にいらっしゃいました。

特に1年生にとっては、昭和の歴史はまだ勉強していないので難しかったようです。

案内を担当させていただきましたが、うまく伝えることができたかちょっと心配です'(;・ ・)


それでも、試験の倍率や通信簿、入隊者を増やすために制服をかっこよくしたよ、という

ことなどにみなさんとっても興味を持たれたようです。

第1期生の試験倍率が約73倍だったことをお話しすると“おー!”と声があがりました。


予科練生がお母さんに宛てたお手紙や遺書を紹介したときには、静かに聞いてくれました。

霞南至健中学があるのは元の予科練の敷地ですので、

自分たちの学校があった場所で訓練していた同じくらいの少年たちの姿を見て、

どんなことを思ったでしょうか。


帰りがけに、先生が一人の女の子を紹介してくださいました。

展示室6の空襲の映像の中で、当時の体験を語ってくださっているYさんという

おばあちゃまのお孫さんだそうです。

この方のだんな様は元予科練生。お二人とも大変なご経験をなさっておられます。

映像を撮影したのはとても暑い日で、

暑い上にさらに照明をあてられて本当に大変だったと思うのですが、

Yさんは、空襲を経験なさったときの辛い思い出を、心からの言葉で

お話ししてくださったことを思い出します。

だから展示室6の映像は、何度見てもその度にはっとさせられます。


撮影の合間には、にこにこして編みかけの帽子を見せてくださったことを思い出します。

以前編み物の先生をなさっていただけあって、きっちりそろったきれいな編み目でした。


Yさんのお孫さんは、ニットの帽子をかぶって手足がすらりと伸びた、

かわいらしい女の子でした。



命は続いていくんですね。



「昭和の音色」

10月 28th, 2010

10月23日(土)の午後5時30分、日が沈み辺りが夕闇に包まれるころ、
記念館のラウンジにおいて、当館初のレコード鑑賞会を開催しました。

太平洋戦争の真只中、土浦海軍航空隊でたくさんの予科練生が、
訓練に明け暮れ、束の間の休日に、
聞き入ったであろう昭和初期の歌や音色を、
当時のままお届けできればと企画したものです。

訪れた皆さんは、40名弱と少人数でしたが、
それぞれ当時の情景や思い出を回想させながら、聞き入っておられました。

歌は、世につれ、世は歌につれと申します。
時の流れ、世の移り変わりを、歌は刻んでいるものです。
戦後生まれの我々にも、その当時の情景を、
思い浮かべることができる不思議な力を持っています。
最新のデジタル録音技術の音質には程遠いものですが、
当時の蓄音機とレコードを使用したせいもあって、
その趣のある音色は心に沁み、歴史の重みをも感じることができした。

静まり返った館内に響く音色は、予科練生や兵士たちが、
郷里を想い、家族を想い口ずさんだであろうと思うと、
悲しさと懐かしさの入り混じる不思議な感銘を覚えました。

秋の夜長に、ラウンジを包む空気が、哀愁漂うひと時となりました。

次回は、11月20日(土)午後5:30より記念館で開催する予定ですので、
是非ご来館頂き、ご鑑賞下さい。

館 長 糸賀 富士夫

 

満月のレコード鑑賞会

10月 27th, 2010

みなさんこんにちは(*’-‘*)ノ

きのうまでとうってかわって、すっきり晴れ上がった予科練平和記念館です。

日差しはありますが気温がだいぶ下がっていますので、

皆さんも体を冷やさないよう、暖かい服装でお過ごしくださいね。


さて、ちょっと遅くなってしまいましたが、

先日のレコード鑑賞会♪の模様をご報告したいと思います。


先週の土曜日、23日の夕方5時半より、当館のラウンジにてレコード鑑賞会を開きました。

戦時中に作られたSPレコードを、当時の蓄音機で鑑賞するという企画です。


使用したのは、日本ビクター蓄音機株式会社製の「ビクトローラ」という卓上蓄音機です。

手で回すタイプのこの蓄音機は、昭和7(1932)年ごろのお生まれです。

ということは、現在78歳。

寄贈してくださった方が、きちんと整備して管理なさっていたお陰で、

現在も現役で活躍しています。


ふたの内側には、クラシカルでかわいらしいビクターのマークがついています。

この蓄音機に耳を傾ける犬のマークは、

「ニッパー」という名前のフォックステリアが、亡くなったご主人の声が吹き込まれた

レコードを聴いているところなんだそうです。


蓄音機から流れる亡きご主人の声にじっと耳を傾けるニッパーの姿に

ちょっとじーんとしてしまいます。

また、本来であればその一瞬で消えてしまう「音」を残したいと思って

レコードや蓄音機を開発した人たちの気持ちが

なんとなく分かるような、そんな絵です。


さて、この日鑑賞したのは6曲。

最初にこの蓄音機の得意分野を聴いていただこうと思い、グノー作曲の

「アヴェ・マリア」をかけました。

この日は満月。針がレコード盤に静かに下ろされると、クラシカルな響きのピアノと歌声が、

永い眠りから目覚めてふるえるように美しくラウンジにこだましました。

最後のほうで、巻きが足りなかったのか音がゆっくりになってしまい、ちょっと脱力しましたが、

これも蓄音機の良さ。ご愛嬌です。


2・3曲目は、昭和18(1943)年公開の映画『決戦の大空へ』の主題歌

「決戦の大空へ」と「若鷲の歌」。

この予科練をテーマとした映画は、今の陸上自衛隊土浦駐屯地武器学校、

もと予科練の訓練基地だった土浦海軍航空隊で撮影されたもので、

当時の予科練生も多数エキストラで参加しています。

大ヒットしたこの映画を観て、たくさんの少年が予科練にあこがれ、入隊しました。

また「若鷲の歌」のメロディは、予科練生が多数決で決めたというエピソードもあります。


懐かしいとお感じになったのでしょうか。

歌に合わせてとんとんと足を動かしたり歌詞をなぞられる方が

たくさんいらっしゃいました。


4曲目は、ちょっと変わった新民謡「ヨカレン節」。

上記2曲と同じ古関裕而の作曲です。

古関裕而は、夏の甲子園のテーマソング「栄光は君に輝く」などを作曲した方です。


5曲目は、昭和5(1930)年に公開された映画「支那の夜」から「蘇州夜曲」。

長谷川一夫、李香蘭という人気スターが出演したこの映画は、

当時の日本の国策に沿って作られました。


「蘇州夜曲」もそうしたしこりを背負っていますが、例えば平原綾香さんなど、

たくさんのアーティストがカバーしている曲でもあります。


平原さんは、ホルストの組曲『惑星』のうち「木星」のメロディに

日本語の歌詞をつけた「ジュピター」という曲が大ヒットしたことで、

ご存知の方も多いと思います。


「ジュピター」は、新潟中越沖地震の際にラジオから何度も流れ、被災者を励まし、

勇気づけた歌でした。

奇しくもこの鑑賞会を開いた10月23日は、

6年前、新潟中越沖地震が起きた日でもあります。



最後の6曲目は、「リンゴの唄」をかけました。

戦後、GHQ(連合国軍最高司令部)の検閲を通った映画第一号『そよかぜ』

(昭和20年10月10日公開)の挿入歌です。


「あかいリンゴにくちびる寄せて・・・」ではじまるこの歌は、戦後の混乱期を生きる

たくさんの人々を励ましました。

歌い手の並木路子は東京大空襲で家族を亡くしてしまったのだそうですが、

そうした悲しみの中にありながらもほがらかな彼女の歌声が、

同じような悲しみを抱えたたくさんの人たちの心に、じんわりと

染みていったのだと思います。



その時代時代にあって、人々を励まし、勇気づけ、時には駆り立てる。

「歌の力」(紅白歌合戦のようですが・・・)を、このレコード鑑賞会を通じて

少しでも感じていただけたら嬉しいなと思っています。



最後に、このブログには何度も登場してくださっていますが、

当館の歴史調査委員として活躍中の元予科練習生

戸張さんにお話をしていただきました。


戸張さんが旧制土浦中学通学時に、映画「決戦の大空へ」の撮影を

見かけたエピソードや、

予科練に入隊してからの軍歌のエピソードなど、

貴重なお話しをうかがうことができました。



゜・*:.。. ☆゜・*:.。. ☆ ゜+。:.゜

夜のレコード鑑賞会。

次回は11月20日(土)午後5時半からです。(入場無料)

夕方のひととき、懐かしい曲に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。


お問い合わせは・・・

予科練平和記念館 029-891-3344へどうぞ!


”平和”という名

10月 17th, 2010

みなさんこんにちはヽ(*’-^*)

日曜日の今日をいかがお過ごしでしょうか。


暑くもなく、寒くもなく。

お出かけするにはちょうどいい季節になりましたね。



先日秋バラを見に行ったところ、こんな美しい花と出会いました。

大人のこぶし大ほどもある大きなバラです。



足元の札には「ピース フランス 1945」と書かれていました。


1945年4月29日、第二次世界大戦の嵐が世界中に吹き荒れていたころ、

サンフランシスコで開催されていた太平洋バラ協会の全国大会で

新種として紹介されたバラです。


ちょうどその時、会場にニュースが飛び込んできました。

ベルリン陥落、ナチスドイツが降伏したのです。


その席上で、この美しいバラにつけられた名前が「ピース(平和)」。

作ったのは、フランスのバラ会社の息子、フランシス・メイアンという人だそうです。

フランスがドイツの占領下におかれる直前、本国に帰るアメリカ領事に

フランシスが託した一本の苗木。


アメリカで花開き、「ピース」と名づけられたそのバラは、

国連発足のための会議で生けられたり、サンフランシスコ平和条約調印時に

飾られたりしたそうです。

「ピース」はその後世界中で愛され、5千万本以上が販売されたといわれています。


一本のバラに、こんなに奥深いドラマが隠されていたんですね。


みなさんもバラをご覧になる機会がありましたら、ぜひ「ピース」を探してみてくださいね。


やわらかく、力強く、そして美しく咲くその姿が、とても大切なことを教えてくれると思います。


「母校へ出前講座」

10月 15th, 2010

10月14日(木)

季節の移り変わりは早いもので、春に満開であった桜も、
今は紅葉し、枯葉散る季節となりました。

先日10月12日(火)に、母校の土浦第三高等学校へ、
予科練についての講話に伺いました。
メインの講師は、先日、予科練平和記念館でも体験談をお話頂いた、
元予科練生の仲川武男(81歳)さんです。

土浦三高は、現在桜の名所となっていますが、
太平洋戦争当時は、土浦海軍航空隊の適性部(*)が置かれていた場所です。
私が在学中(昭和38~41年)は、歴戦の後を残す木造2階建て校舎が、
太平洋戦争当時のまま残っており、教室の真ん中に柱がありました。
そんな校舎で授業を受けたものです。

さて、本題の講話のほうは、高校の体育館に生徒250人が集まり、
予科練と予科練平和記館の概要を、私が話した後、
予科練練習生としての体験談を50分間、仲川さんが熱く語りました。
「予科練習生と同じ年頃の少年たち、平成生まれの少年たち・・・・・・」
ほとんど歴史の教科書でしか学ぶことが無い戦争。
まして予科練のことは全く知らない彼らに、
仲川さんの話は、どのように響いたでしょうか?どのように感じたでしょうか?
そして、「60数年前の少年、仲川さんの姿」は、
生徒さんにどのように写ったでしょうか?

彼らに、命の尊さや、平和な社会の有難さが、
少しでも伝わればと思いながら、また、この生徒の何名かでも、
予科練平和記念館に足を向けてくれることを期待しながら、母校を後にしました。

今回の出前講座の活動を通し感じたことは、
記念館にたくさんの人たちに来館して頂くための広報活動も大切ですが、
このような地道な活動を続けていくことが、
命の大切さ、平和の大切さを語り継ぐ上で、重要だと痛感しました。
いつもどのようにしたらより多くの人に、
「命とは、平和とは」どうあるべきか、どう語り繋いだらよいか考えてきましたが、
今回その一つの道筋が見えたような気がしました。

館 長 糸賀 富士夫

(*)適性部
航空適性検査・研究のための施設で、適性方法や検査機械を開発し、その成果が予科練の検査・教育に反映された。当初は、土浦海軍航空隊内にあったが、昭和20年(1945)4月に、現在の土浦三高の地に移った。

 

very merry 青空

10月 11th, 2010

みなさんこんにちは*(・ω・*)

からりと晴れた三連休の最終日、いかがお過ごしでしょうか。


たまったお洗濯物が一気に乾いて、お母さん方の顔もきっと晴れやかに

なったことと思います。


予科練平和記念館にも、たくさんのお客様がお見えになりました。

今日は小さいお子さんを連れた若いご夫婦をよくお見かけしました。


お隣の公園では元気なちびっこたちが遊んでいます。

みんな晴れを待っていたかのようです。



お昼ごろ、公園で遊んでいた売店スタッフのお子さん二人が

つやつやしたほっぺをにこにこさせてやってきました。

遊んでいて暑くなったので、お母さんのところにやってきたようです。

元気に遊ぶ子どもの姿は、見ていて本当にほほえましいものです。



私事ですが、先日友人の結婚式に参列しました。

その時の彼女の幸せそうな笑顔が、今日の澄みわたる青空のように

晴れやかで美しくて、見ているだけでとっても幸せな気持ちになりました。


人と人との出会いはとても不思議で、笑顔や幸せはどんどん伝播していくものなのだなぁと

思った一日でした。


予科練平和記念館へお越しくださるお客様も、何かしらの不思議なご縁があって

いらっしゃるのだと思いますので、

これからも、ご来館くださるお客様お一人お一人を大切にお迎えしていければと

思います。


良き日に新しい門出を迎えたおふたりに。

気がつけば青空のような笑顔がいつも側にありますように。

そして特大サイズのHappy☆な日々がいつまでも続きますように。


末永いお幸せをお祈りしております(*^^)//。・:*:・°’★,。・:*:♪・°


そして、

今世界中で生きているたくさんの人たちにも、このブログを読んでくださっているあなたにも☆



「予科練戦没者慰霊祭」

10月 9th, 2010

先日の10月3日(日)、すばらしい秋晴れの中、
(財)海原会主催の第43回予科練戦没者慰霊祭が挙行され、
招待者として参加させて頂きました。

参列された方々は、主催者の他、
元予科練習生や遺族の方々及び自衛隊の関係者など、
何れも戦没者と縁(ゆかり)のある人たちです。

主催者や参列された元予科練習生は、
皆80歳は越えているはずですが、
軍隊で鍛えあげられた体は今も健在で、
ご高齢とは思えぬ立ち振る舞いに、感心するばかりでした。
戦後育ちの我々のような者とは違う、芯の強さを感じました。

式典は、「若鷲の歌」を合唱した後、
当時をしのばせる飛行機が上空を2度旋回し、会場をもりあげました。
大空に憧れた少年たちが見上げた空を、
当時と同じように眺める元予科練習生の横顔は、
少年のような眼差しに戻り、
大志を抱く姿に戻っていたように写りました。

私がこの式典で最も印象に残ったのは、
遺族の代表挨拶で、
「今の社会は平和であるが、何かが違う、
亡くなられた方々には、現在の社会はどう写っているのでしょう。」
とおっしゃられたことでした。
皆さんは、どう思われますか?
家族のため、祖国のためと亡くなった方々に、
胸を張って今の社会を誇れるでしょうか?
そして、その遺族に顔向けができるでしょうか?

私の年齢の半分にも満たない少年たちが、
死と向き合い戦地におもむく境地など想像もできませんし、
その家族の心情など想像するだけで、胸が痛くなります。

この戦争を知らない我々は、
この戦争からもっとたくさんのことを学び、
平和であることのありがたさをもっと学ぶべきだと改めて感じました。

戦争でなくても人を殺めてしまうような世の中でなく、
本当の平和な社会が訪れるよう祈願して、
献花させていただきました。

これからも日本を背負っていく私たちを、
彼らはずっと見守ってくれることでしょう、
彼らに見放されぬ様、精進せねばなりません。

式典は、最後に参列者全員で、
不戦と核の撲滅を祈り、閉会しました。

元予科練生の皆さんは、
来年再会することを誓い合い散会しました。
その姿は、とても清々しく、輝いていました。

また、来年もこの少年たちと会いたいとものだと思いました。

最後に、
この慰霊祭の準備から開催までお骨折り下さいました、
(財)海原会及び陸上自衛隊土浦駐屯地の皆様のご健康でのご活躍を、
心からお祈り申し上げます。

平成22年10月8日
館長 糸賀富士夫

今日の一日

10月 3rd, 2010

みなさんこんにちは☆

今日は第43回予科練戦没者慰霊祭が、お隣の陸上自衛隊

土浦駐屯地、もとの土浦海軍航空隊内で行なわれました。


お天気が心配されていましたが、きれいな秋晴れとなりました。

高い空の下で、元予科練生のみなさんはどんなことを思われていたのでしょうか。


予科練平和記念館も慰霊祭にともなって入館無料となり、

1,000人を超すたくさんのお客様がご来館くださいました。



午後2時からは、近くのかすみ公民館多目的ホールで、茨城県立竹園高校演劇部による

劇『白雲ととどまりて』の公演がありました。


予科練平和記念館を舞台に、過去と現在が交錯しながら

戦争とは、平和とは何かを問いかける内容の劇で、生徒さんたちは実際に

予科練平和記念館を見学したり、元予科練生のお話しを聞いたりして

役作りをなさっていました。


生徒さんたちは、今日も朝早くから集まっていたようで、

予科練生役の男の子は、何度も最後のシーンの練習をしていました。


開演前、舞台の裏に待機していた私からは、舞台の上で幕が上がるのを待っている

生徒さんたちの姿がよく見えました。


みんな緊張した面持ちで、幕が上がるのをじっと待っています。

つられて私までちょっと緊張してしまいました。


それでも幕があがれば、皆りっぱな役者さんです。

緊張する心をぐっとこらえ、たくさんのお客様の前でのびのびと演技します。



この三人は、予科練平和記念館を見に来た女子高生たちです。

あたりまえのように今の平和を享受している私たちの

象徴のような存在です。



左のカップルは、モールス信号でおしゃべりできる不思議なふたりです。



車椅子の老婆が少女だったころ、日本は戦争をしていました。

お兄さんは予科練に入り、とうとう特攻隊員になります。


現在の予科練平和記念館でお兄さんの遺書を見つけ、

涙する老婆を見て、女子高生は考えます。

自分と同じ年頃の少年たちが、どうして死なねばならなかったのか。

戦争って、なんなのか。



老婆のお兄さんは、特攻出撃前に語ります。

「生きて帰れなくてごめん。」


「生きて帰る」という約束を守れなかった妹=老婆へ

直接伝えることができなかった言葉です。


悲しさと、言葉にできない思いを胸に秘めて、

家族への最後の言葉を語る、一番の見せ場です。

予科練生の役を演じた生徒さんはとってもすがすがしいいい声をしていて、

坊主頭も似合っていました。


無事に舞台を終えた生徒さんたちは、晴れ晴れとした顔でカーテンコールに出てきました。

会場からもたくさんの拍手があがり、生徒さんたちをねぎらいます。




本当に一生懸命、緊張する自分と向かい合って演じきった役者さんたちです。

一生懸命と一生懸命がぶつかりあって、

それぞれが、きらり、きらりと光るすばらしい演技をしていました。


今日の経験がまた皆さんの栄養となり、次の舞台でも大きな花が咲くことと思います。

竹園高校演劇部のみなさん、本当にすばらしい舞台をありがとうございました。

ますますのご活躍を期待しています。


ちなみに、舞台の大道具を運んでくださったのは、

元予科練生の運送会社さんでした。

大変お世話になりました。



演劇のあとは、昭和18(1943)年に公開された映画「決戦の大空へ」を上映しました。

こちらにもたくさんのお客様がいらっしゃり、67年前の少年たちの心をとらえ、

予科練にあこがれるきっかけとなった映画を熱心にご覧になっていました。

ご来場くださった皆さん、本当にありがとうございました。


そして今日の予定が全て終り、後片付けをしてかすみ公民館を出ると、

日が暮れた後のうすやみの中に、甘い金木犀の香りがただよっていました。

胸いっぱいに吸い込むと、一日疲れたからだの細胞一つ一つに、

じんわりと優しさが染みていくようで、


ふと、たくさんの人たちの力で物事というのは動いていくんだなぁと思いました。


今日はなんだかいろんなことに気づけた一日になりました。

みなさんにとって今日は、どんな一日でしたか?


竹園高校演劇部公演間近!

10月 2nd, 2010

みなさんこんにちは(^^)/

今日も秋晴れの予科練平和記念館です。


 さて、明日10月3日は、近くのかすみ公民館で、

竹園高校演劇部による劇「白雲ととどまりて」が上演されます。


 今日はその準備で、午後からかすみ公民館の多目的ホールは

大道具を運んだり、照明を合わせたりする高校生たちのにぎやかな声であふれていました。


 以前、県南生涯学習センターで公演をしたときと勝手が違う舞台で

いろいろと難しいところもあるようですが、

いい舞台をつくるためにみんな一生懸命です。


 2時間近くかけて照明や大道具の位置などを決めました。

かすみ公民館の職員Nさんが大活躍です。

スポットライトのしぼりの大きさ、位置などを調整しています。



照明から音響まで、Nさん頑張ってくださいました。


そしてリハーサル。本番と同じように全編通して行ないました。

開演の幕が上がるまで、緞帳の裏で息をひそめて出番を待っている

生徒さんたちの緊張がこちらまで伝わってくるようです。


でも、お芝居の幕が上がれば、そこはもう生徒さんたちが作り出した世界。

現在の予科練平和記念館と過去の世界が交錯し、観ている人に様々に問いかけてきます。

平和とは?戦争とは?今を生きているとは?


高校生が全身で演じ、作り上げる世界にいつのまにかひきこまれ、

気が付いたら涙が出ていました。


リハーサルが終わると、皆で集まって意見交換をします。

写真がちょっとぼけてしまいましたが、終わってほっとしている感じと、

新たに出てきた課題に向かい合っている雰囲気が伝わるでしょうか?



いよいよ明日が本番です。

今日の夕暮れ時の空には、サーモンピンクの綺麗な夕焼け雲が浮んでいました。

ふと、明日はきっと大丈夫!きっとうまくいく!と思いました。


生徒さんたちは、もしかしたら今この時もとっても緊張しているかもしれませんが、

今まで一生懸命練習してきた自分を信じて、仲間を信じて、

明日は最高の舞台を見せてくれることと思います。


たくさんの方に観ていただきたい舞台です。

みなさんもぜひご覧ください。

そして一生懸命な生徒さんたちを応援にいらしてくださいね。



■■■演劇鑑賞会『白雲ととどまりて』
 日時:平成22年10月3日(日)
    13:30開場 14:00開演 (約1時間)

 場所:阿見町かすみ公民館多目的ホール
    (茨城県稲敷郡阿見町阿見2083-2 029-888-8111)

 入場:無料


※     16:00より、映画『決戦の大空へ』を同じ場所で上映いたします。

昭和18(1943)年に公開され、当時の少年たちが予科練にあこがれるきっかけとなった

映画です。こちらもぜひご覧ください。(入場無料)

予科練平和記念館も入館無料です。