【来館者40万人達成】

11月 1st, 2016

町内の街路樹も色づいてきて、日ごとに秋が深まっています。

10月22日 開館からの来館者が累計で40万人に達しました。40万人目の方は、東京都調布市から来られた佐藤さん親子でした。記念セレモニーを開催し、認定証や記念品をお渡ししました。

開館から6年が過ぎ、これまで沢山の皆様にご来館いただきまして感謝申し上げます。

これからも予科練と海軍航空隊の戦史を伝えていくため、多くの方に来館していただけるよう努力してまいります。

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10月24日 阿見町シルバー人材センター会員の方々により、記念館周辺で草取りなど奉仕作業をしていただきました。お蔭様で大変きれいになりました。代表の大崎忠さんほか参加された皆様にお礼申し上げます。

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今月13日は茨城県民の日で、当館は入場無料になります。

皆様のご来館をお待ちしております。

予科練の運動会

10月 7th, 2016

9月は雨の日が続きましたが、今月は爽やかな秋晴れの日を期待したいですね。

スポーツの秋です。10日の体育の日には全国で運動会が行われると思います。

予科練でも運動会が行われていました。現在の小中学校ではあらかじめ十分練習を行いますが、予科練の場合は毎日が訓練であり、その集大成として運動会が行われました。分隊対抗戦や入隊の期別対抗の全体運動会があって、かなり激しい競争が繰り広げられたようです。予科練の運動会の模様を書物から紹介します。

 

「水泳訓練の最後が水泳大会によって飾られたように、体操、武技・体技の締めくくりは、運動会によって行われた。期の運動会、隊の運動会といった形で何度か実施されたが、時期は春、秋には限られなかった。

運動会とはいうものの、これもその内容は分隊対抗競技である。しかし、やっぱりお祭り気分もないわけではなく、楽しい雰囲気を醸しだす行事であった。

(中略)

そして、何よりも雰囲気を盛り上げるのに大きな役割を果たしていたのが一般市民の参加、見物である。ちびっこ選手のパン食い競争なども企画されていて、予科練と地域とのつながりを強くする効果を上げていたようである。」

下平忠彦著『海の若鷲「予科練」の徹底研究』から

 

「昭和十五年十一月十五日に、霞ヶ浦海軍航空隊飛行予科練習部は独立して「土浦海軍航空隊」となった。その日、土空では開隊を記念して、陸上運動会が催された。記念運動会といっても単なる喜び、遊びの場ではない。各競技にわたり、各分隊で競わせ、せり合わせて闘志をかき立て盛り上げる。追浜時代にはこのような雰囲気は稀薄であったようだが、これも時局を反映しての成り行きであった。」

倉町秋次著『豫科練外史〈2〉』から

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土浦海軍航空隊開隊式記念運動会

 

「一昨日を以っていよいよ霞空と分離し土浦海軍航空隊となりました。当日の模様を知らせましょう。

八時 軍艦旗掲揚終わって旧司令教頭の訓示、続いて新司令(今迄の部長)の訓示あり。

(中略) 十時半より開隊式 長官、航空本部長の訓示がありました。 

(中略) 開隊式終了後格納庫に於て竣工式が行われました。

これを以て開隊式及び竣工式が終り、午後は運動会、昼は御馳走があり又菓子折一ケ渡りました。一時より運動会、沢山の見物人が来ました。プログラムにある如く最初に神宮で

やった体操、次に二千六百継走、二日前にこれの予選が行われ、我が分隊堂々一着、今度は最上級でもあり又貫録を示すに最もよい機会であるので是が非でも優勝せずんば止まずで分隊士、教員又我々の意気は物凄かったです。自信たっぷりで選手は戦に臨みました。予想通りスタートより一着、ラストの時は三十米位抜いて優勝しました。次は障害物競走これと二千六百が分隊の点数に入るので、これも頑張らなくてはなりません。然し我が選手の意気物凄く予選一着、決勝、又もや堂々一着、この時の我々の喜び大したものでした。」

阿見町『海軍航空隊ものがたり』の「土浦海軍航空隊 甲種五期(十一ノ六)菊池

克久さんがお父様へ宛てた手紙」から

 

予科練の運動会は日頃の訓練の成果を披露する場でもありました。当時は明治神宮外苑の競技場で国民体育大会が行われましたが、予科練生は昭和15年から参加しており、披露した予科練体操は脚光を浴びました。

その時の新聞には、「会場を圧する応用体操の妙技」「大会の華、土浦航空隊健児」「会場を圧した海の若鷲群舞」など絶賛する記事が載りました。

赤トンボの整備工具

9月 4th, 2016

先月は大きな台風が2週にわたり阿見町に近づいて、風雨の強い日がありました。幸い予科練平和記念館では被害がありませんでしたが、皆様のお宅は如何だったでしょうか。

9月はスポーツの秋であり、実りの秋でもあります。各小中学校で運動会が行われ、稲刈りが始まっています。爽やかな晴れの日が続いてほしいですね。

 

先日九三式中間練習機のエンジン用の整備工具一式を寄贈していただきました。エンジンの名称は天風(あまかぜ)です。

霞ヶ浦海軍航空隊では飛行訓練に九三式中間練習機(「赤トンボ」の愛称で親しまれました)が使われました。九三式中間練習機は訓練中にエンジン不良などによって周辺地区に不時着することがあり、海軍では練習機が不時着した時に備えて、あらかじめ周辺地区の農家などに整備用の工具箱を配備していました。

寄贈された工具箱は海軍が配備していたものと思われ、かなり大きな造りで重量がありました。上部を開いた両側と中央部仕切りの両側を合わせて4面に工具が整然と並べられていました。工具は九三式中間練習機用に造られたもので70種類ほどあり、さらに中央部の仕切りも開閉できて交換用の部品が備えられていました。

終戦時に基地にあった機械や工具類は全て処分されましたので、当時のまま保存されていた工具箱は大変貴重な資料となります。

寄贈していただいた方は、牛久市の大きな農家造り家にお住まいでした。

 

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8月15日の終戦記念日に、コミュニティFMラジオ「ラジオつくば」に出演しました。

 

ラジオつくば

 

つくばYou’ve got 84.2(発信chu)!の中の市民活動NOW という番組です。番組の中で予科練平和記念館について説明しまして、つくば市民の皆さんにピーアールができました。

担当した有働文子アナウンサーとマイクの前で話をしましたが、プロのアナウンサーの発声は明瞭で聞き取り易く、

素人の私とは大きな違いがあるのを痛感しました。

 

 

 

 

今月は18日(日)午後2時から、講演会「占守(しゅむしゅ)島(とう)の戦い」を開催します。講師は当館の歴史調査委員である大橋良一氏です。

皆様のご来館をお待ちしております。

8月15日は無料で開館します

8月 4th, 2016

8月になりました。15日は終戦記念日です。当館は無料で開館いたしますので、皆様のご来館をお待ちしております。

 

今月から第2回企画展「予科練の足跡」を開催します。当館へ寄贈された数多くの資料の中から、これまで展示されていない収蔵品を展示します。他にも当時の予科練生と現在の海上自衛隊航空学生を比較対照した展示を行います。

20日(土)には「ものしりおじいちゃんに聞こう!阿見の昔のはなし」を開催します。

町の歴史や予科練について、ものしりおじいちゃんたち(当館の歴史調査委員)が教えてくれます。夏休みの宿題を相談したい小・中学生や、歴史を知りたい大人の方もぜひご来場ください。

また同日、新企画の夏休み講演会「飛行機はなぜ飛ぶの?ブーメランの不思議な飛行」を開催します。町内在住の大学講師の方が、予科練習生も勉強した航空力学について ブーメランをつくりながらご説明します。

 

土浦海軍航空隊が置かれていた地域は、終戦後どのような変遷を辿ったのでしょうか。「阿見と予科練~そして人々のものがたり~」から抜粋しました。

 

ブログ用

 

終戦の少し前、6月10日の大空襲によって土浦海軍航空隊は壊滅的な被害を受けました。多くの予科練生が他の基地へ移転したため、終戦時に残っていた予科練生は約3,000名だったと言われています。8月25日に退隊命令が発令され、予科練生たちは8月末までにそれぞれ復員していきました。

11月30日に日本政府は海軍省を廃止しました。阿見町周辺にあった霞ヶ浦海軍航空隊、土浦海軍航空隊、第一海軍航空廠、第一軍需航空廠などは占領軍の接収を受け、飛行機などの兵器類は全て焼却またはスクラップにされました。土地は国有財産に登録され、耕作可能な土地は開拓農地になりました。

 

昭和21年4月土浦海軍航空隊跡地の一部に、東京大空襲により焼失した日本体育専門学校が移転してきました。さらに新学制にもとづいて、昭和22年に常陽中学校、翌23年に常陽高等学校が設立されました。しかし、昭和26年3月日本体育専門学校が東京都へ戻ると、常陽中・高等学校も廃校となりました。

昭和27年になると、跡地に警察予備隊武器学校が設置されました。警察予備隊は後に保安隊、自衛隊と改組されて現在の陸上自衛隊武器学校になりました。

 

昭和21年霞ヶ浦海軍航空隊跡地に霞ヶ浦農科大学(後の茨城大学農学部)が設立されましたが、これに伴い土浦海軍航空隊跡地の一部(花室川の北側)に、中等学校令による大学付属の霞ヶ浦農業学校が開校しました。後に霞ヶ浦高等学校となりました。

 

阿見町内に広大な面積を有していた土浦海軍航空隊や霞ヶ浦海軍航空隊の跡地は、一部は陸上自衛隊武器学校や陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地となり、また農地として開拓されました。区画が変わり、海軍が使用していた建物は解体され、建替えが行われるなど様々な変遷を経て現在に至っています。

海の日

7月 2nd, 2016

ご紹介が遅くなりましたが、4月から新たな歴史調査委員に大橋良一さんが就任いたしました。大橋さんは陸上自衛隊に勤務され、長い間武器学校教育部戦史戦術教官を務められました。すでに3月に「硫黄島戦史~陸軍大将栗林忠道の統率」という演題で、ご自身の研究成果を講演していただいております。どうぞよろしくお願い致します。

 

梅雨の真っ盛りですが、梅雨が明けますと、いよいよ夏本番になります。

7月18日は海の日です。国民の祝日に関する法律では、「海の日 七月の第三月曜日 海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う。」と定めています。

18日は月曜日ですが祝日ですので、当館は開館いたします。

 

予科練生は海軍志願兵でしたので、水泳や短艇(カッター)、水上機など海で行う訓練がありました。

水泳の訓練では最初に検定が行われました。全く泳げない者は赤帽で、泳げる者は白帽となり泳力により4段階に分けられ、それぞれ訓練が行われました。水泳は早く泳ぐことよりも長く泳げることが優先され、しかも荒波の中を泳ぎ切ることが大切でした。

横須賀海軍航空隊では海に天然プールがつくられ、水泳の訓練が行われました。(天然プールは突堤と練兵場の岸壁の間につくられた。)

土浦海軍航空隊に移ると、隊内に50メートルプールが設備されました。プールだけではなく、霞ヶ浦で遠泳訓練も行われたそうです。

 館長日記

ほかには短艇(カッター)の訓練がありました。カッターは12人で櫓を漕いで進みます。

しばしば班対抗の競漕が行われました。元予科練生のインタビューで、「予科練の訓練で辛かったことは、カッターを漕ぐこと」と話していた方がいます。カッター訓練は、体力の限界まで行う厳しいものだったことが分ります。

 

今月は23日10時から「予科練子ども会」を開催します。親子で楽しめるゲームなど盛りだくさんですので、お気軽に参加ください。

また、31日午後2時から元予科練生戸張礼記氏による講演会「歌語り~知られざる予科練」を開催します。講演会は入場無料で、事前の予約も必要ありません。皆様のご来館をお待ちしております。

 

 

6月10日は「阿見大空襲の日」です

6月 3rd, 2016

昭和20年(西暦1945年)6月10日、阿見町は大規模な空襲を受けました。予科練教育を行っていた土浦海軍航空隊をはじめとして民間の犠牲者も多数ありました。

大空襲にあたる6月10日(金)は無料開館日となります。この機会に予科練平和記念館にお越しいただき、予科練について、また大空襲について知っていただければ幸いです。

 

 

当館の歴史調査委員である戸張礼記さんが、自身の体験を寄稿した「予科練の戦争」(著者 久山忍 潮書房公人社)が出版されました。

予科練の戦争

この本は予科練出身者3人の戦争体験の証言により構成されています。戸張さんの寄稿は、第三部「翼を奪われ陸戦特攻隊へ」に掲載されています。

一般の書店で購入できますので、ぜひお読みください。

 

予科練平和記念館が海上自衛隊教育航空集団(司令官池太郎海将)から感謝状をいただきました。海上自衛隊教育航空集団は「伝統の継承」をテーマとして、「海軍航空から海自航空へ」という搭乗員の教育資料を作製しており、予科練平和記念館が資料を提供しています。また、隊員の研修に予科練平和記念館を利用いただいています。

表彰

 

爽やかに晴れた日が続きましたが、これから雨模様の日が多くなってきます。体調を崩さないようにしましょう。

風薫る5月になりました。

5月 12th, 2016

風薫る5月になりました。

予科練平和記念館の周辺でも、新緑が眩しく感じられます

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今月から企画展「零戦を写す 南方を写す 記者 吉田一写真展」開催しています。

吉田一氏は太平洋戦争中、南方戦線を取材したニュースカメラマンです。開戦間もない昭和17年から、日本映画社の報道班員として東南アジアのラバウル、ラエにあった海軍航空隊で映像と写真を撮り続けました。今回の展示では、吉田氏が撮影した飛行中の零戦二一型、二二型の写真やラバウル、ラエの写真を展示しています。

7月末まで開催しておりますので、ぜひご覧ください。

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29日(日)に「第49回予科練戦没者慰霊祭」が開催されます。

慰霊式典は陸上自衛隊武器学校内の雄翔園で行われますが、今年から一般の方も参加できるようになりました。式典は10時30分から11時30分まで開催される予定です。事前の申し込みは必要ありません。

式典会場へは予科練平和記念館側から入場できますので、記念館の駐車場をご利用ください。

また、当日は予科練平和記念館が入館無料となりますので、皆様のご来館をお待ちしております。

平成28年度もよろしくお願い致します

4月 8th, 2016

予科練平和記念館の桜が満開になりました。

咲いて間もなく散ってしまう桜は、「散る桜 残る桜も散る桜」と言われ、予科練出身兵士の辞世の歌に数多く詠まれています。

 

 親を帷(おも)ひ 国を憂ふる心あらば 身を桜花(おうか)となりて散りゆかん

 

谷暢夫さん(甲種10期)が、家族への最後の便りの中に残した歌です。谷さんは、最初の神風特別攻撃隊敷島隊員として昭和19年10月フィリピン沖で戦死。20歳でした。

 

 

4月の町職員の人事異動では、当館の職員に異動はありませんでしたが、予科練歴史調査委員会の井元潔委員が3月末で退任されました。

 

予科練歴史調査委員会は、予科練を主体とした戦史に関する資料の収集や調査、研究などを行っており、4名の歴史調査委員が従事しています。

井元潔さんは、平成12年から予科練史編纂委員、予科練平和記念館資料収集委員、予科練歴史調査委員を歴任されました。開館前から資料収集や調査研究に熱心に取り組んでいただき、予科練平和記念館の設立にご尽力いただきました。

調査・研究の成果として、これまでに発刊した「阿見と予科練」、「予科練ものがたり」、「続・阿見と予科練」、「海軍航空隊ものがたり」、「予科練いろはカルタ」の編纂に携わっていただきました。また、4月に発刊する「戦後70年記念特集『あの日あの時』」は、井元さんがリーダーとして編纂されました。

長い間のご労苦に感謝申し上げます。

 

平成27年度(H28年3月末まで)に来館された方は6万1千人を越えました。

開館初年度の7万6千人余りに次ぐ来館者数となりました。誠にありがとうございました。

新年度は企画展・所蔵資料展、講演会などを実施するとともに、展示内容の充実を図ってまいります。また、いろいろな特典を盛り込んだ「友の会」会員を募集する予定です。

 

4月23日に、「平和のおはなし会」を開催します。元広島市長の秋葉忠利氏による講演、加奈さんの朗読会、茨城大学紙芝居研究会による紙芝居など盛りだくさんの内容です。

皆様のご来館をお待ちしております。

桜の季節

3月 21st, 2016

 みなさんこんにちわ。

 

最近は暖かくなってきまして、

いよいよ3月も終りに近づいてきましたね。

 

この時期は出会いと別れの季節です。

新年度から環境が変わって、新たな一歩を踏み出す方も多いのではないでしょうか。

 

 

自分のそういった記憶を思い出してみると、いつも頭に浮かぶのは、桜の花のイメージです。

今年ももうすぐ開花ですね。

 

阿見町には桜がたくさんありまして、満開になった桜はなかなか見ごたえがあります。

町内には、かつて日本海軍が植えた桜の木が残っている場所なんかもあります。

予科練平和記念館の敷地内にも桜の木が植えられているんですよ。

 

桜と言えば、日本海軍は桜のマークを使用していました。

予科練にもいろいろなところで桜の意匠が見受けられます。

例えば、予科練生が着用していた「七つボタンの制服」。使用されているボタンの意匠は桜に錨のマークです。

「七つボタンは桜に錨」と「若鷲の歌」にも歌われているんですよ。

襟のところにも桜に翼のマークが使用されていたりします。

 

他にもいろいろなところで使用されているので、当館にお越しの際には、

少し意識して資料を見てみると面白いかもしれません。

 

 

 

さて、予科練平和記念館では、去る3月13日の日曜日に、講演会を開催いたしました。

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普段は、元予科練生の方や、戦争体験者の方をお呼びして、当時のお話をお聞きするのですが、

今回は講師に、戦史を研究されていらっしゃる、阿見町在住の大橋良一さんをお迎えし、

太平洋戦争の硫黄島の戦いに焦点を絞った解説と考察を、講演というかたちで発表していただきました。

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ひとつの戦場をテーマとして、戦いの経緯や、指揮官の統率についてなど、一歩踏み込んだ内容の講演会となりました。

講師の大橋さんは、途中ユーモアを交え、会場に小さな笑いを巻き起こしながらも、

一つ一つ丁寧にわかりやすく解説してくださいました。

 

普段とは少し違う講演会となりましたが、とても有意義な講演会となったと思います。

当日お越しいただいた多くの来場者の方々にこの場を借りて御礼申し上げます。

 

講演会は今後も継続して開催していく予定です。

基本的には2か月に一度の頻度で開催しております。

事前予約等は必要ありませんし、参加無料ですので是非お気軽にご来場ください。

 

年度末の3月

3月 11th, 2016

我家では白梅が散って、紅梅が咲き始めました。間もなく桜の便りが届くようになりますので、春は目の前に来ています。

3月は各学校で卒業式が行われて、別れの季節でもあります。当館には授業の一環として、たくさんの小中学校生、高校生が来館してくれます。卒業する生徒さんもいるでしょうが、4月からは新しく入学する生徒さんたちが来館してくれることを楽しみに待っております。

 

今月は13日に講演会を開催します。大橋良一氏よる「硫黄島戦史~陸軍大将栗林忠道の統率~」です。講演会場は入場無料で予約の必要もありませんので、皆様のご来館をお待ちしております。

 

来月から新しい年度になります。企画展として「零戦の写真展」を開催いたします。牛久市在住のカメラマンである吉田一氏が戦時中に撮影した「零戦」の写真を展示する予定です。詳しくは、ホームページや広報紙でお知らせしますので、ぜひご覧ください。